サーキットの“一匹”狼、モータースポーツを語る〔後編〕

”一匹”狼、不器用な人間、自己責任か
二つは卑怯で、ひとつはプロフェッショナリズムですかね




http://journal.msn.co.jp/worldreport.asp?id=mogi010203&vf=1


サーキットの“一匹”狼、モータースポーツを語る〔後編〕
2001年2月3日  茂木 宏子





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95年に渡米した彼が、現地でまず最初にやったのはチーム探し。英文で作成した自
分のプロフィールを持ってサーキットに行き、「オレは日本でフォーミュラ・トヨタ
というレースのチャンピオンなんだけど、乗せてくれないか?」と、チームを1つ1
つ回った。インディカーの登竜門であるフォーミュラ・アトランティックを手始め
に、翌96年から98年はインディライツシリーズに参戦。そしてIRLにまで這い
上がってきた。ここまでこれたのはスポンサー、友人、家族の支えがあったから、と
服部選手は振り返る。

 

この記事は、1月17日に本誌にて掲載した『サーキットの“一匹”狼、モータース
ポーツを語る〔前編〕』の続編に当たります。筆者の過去の記事は、こちらでご覧い
ただけます。
 


 












華麗さを演出するモータースポーツだが、その裏側にはたゆまぬ努力が存在する。自
分の能力を信じ、多くのサポーターとともに挑戦しつづけることができた者だけが到
達できる世界だ




 先週、アメリカの自動車レース『インディ・レーシング・リーグ(IRL)』で活
躍する日本人ドライバー・服部茂章さんの話を書いたところ、今シーズンに向けて準
備中のご本人からこんなメールをいただいた。

僕はこの記事に描かれているようなカッコイイ人間ではありません。レーサーと言う
と、周りからはそのようなイメージで見られがちですが、僕自身はかなり不器用な人
間です。だからこそ楽な道を選ばずに自分で新しい道を切り開き、世界でどこまで通
用するのか試してみたかった。ただそれだけなのです。

記事の冒頭に――「オレって他人にコントロールされるのは嫌いなんだよね」とさら
りと言ってのけた――という部分がありましたが、ここを読むとかなりカッコよく我
が道を行くレーサーの印象を受けます。でも、他人にコントロールされないというこ
とを掘り下げると、最終的には自己責任につながると思います。

今まで歩んで来た中で僕が常に心がけてきたことは、「自分の進む道は自分自身で決
める。その結果が良くても悪くても責任は自分で取り、他人のせいにしない」という
ことです。特に海外に出てからはその思いが強くなりました。それがあったからこ
そ、これまでやって来れたのだと思います。そのあたりを、記事を読む若いスポーツ
選手がどこまで読みとってくれるか心配しています。

僕がここまでやって来られたのは人の倍の努力と勝つことへの執着、常に先を見て考
えてきたこと、そして少しの運があったからですが、一番大きかったのは応援してく
れる回り人に恵まれていたことです。スポンサー、友人、家族の支えがあり、自分の
情熱と考えを理解してもらえたからこそできた。決して一人の力ではありません。
 正直な話、私はカッコよく描こうと脚色したつもりはまったくない。彼を取材して
感じたままを書いただけなのだが、それが文章になったのを見ると彼自身は少し照れ
くさかったようだ。服部選手の人となりがにじみ出た文面である。

 
●チャレンジ精神にスポンサーシップ

 あらためて言うまでもないことだが、スポーツの世界は過酷だ。自分がやってきた
ことの結果や実力がそのまま成績に表れる。モータースポーツの世界ともなると、こ
れに加えて資金力と政治力も必要だ。選手として活動を続けていくには、レース用の
マシンに乗せてくれるチームとメカニック、活動資金を提供してくれるスポンサーの
存在が欠かせない。服部選手の場合、こうした人間関係に恵まれていたのである。

 95年に渡米した彼が、現地でまず最初にやったのはチーム探し。英文で作成した
自分のプロフィールを持ってサーキットに行き、「オレは日本でフォーミュラ・トヨ
タというレースのチャンピオンなんだけど、乗せてくれないか?」と、チームを1つ
1つ回った。

 とはいえ、アメリカでフォーミュラ・トヨタと言っても、どんなレベルかわかって
もらえない。「テストでちょっと乗ってみるか?」と言ってくれればしめたもの。走
りを披露したうえで、「オレはこれだけの個人スポンサーを持っているぞ」

 と交渉するわけだ。

 服部選手のアメリカデビューは、インディカー(現CART)の登竜門といわれる
フォーミュラ・アトランティックだった。翌96年から98年はインディライツシ
リーズに参戦。着実にステップアップを図ってきた。

 「個人スポンサーを持っていることは、クルマのシートを獲得する上で大きな武器
になります。チームが得ているスポンサー料から契約金を払ってドライバーを雇える
ケースは、アメリカでも今はかなり少ないですから」

 IRLのレースに出場するのに、1選手あたり年間5億〜8億円ぐらいかかるとい
う。その費用をチームと選手個人のスポンサー料で賄わなければならない。

 現在、服部選手をスポンサードしている企業は全部で9社。エプソン、スリーボン
ド、アサヒビール茨城トヨペット常総開発工業、アシックス、カーツ、レアー
ズ……。メインスポンサーのエプソンは、自ら営業に行って獲得した。

 「契約したのは今から4年前。昔から中嶋悟さんをスポンサードしているなどモー
タースポーツに理解あったことや、常に新しいことを追い求めている企業姿勢に惹か
れました。また、アメリカではエプソンが日本企業だと思っている人はほとんどいな
いんです。それほど現地に溶け込んでいる。そこにも魅力を感じましたね」

 ちょっと意外な感じがするのは、茨城トヨペット常総開発工業(Jリーグの鹿島
アントラーズもスポンサードしている建設会社)だ。どちらも茨城県でビジネスを展
開している会社で、日本のレースを走っている頃からのスポンサー。海外レースのス
ポンサーをしているというよりは、服部選手のチャレンジを応援してくれている。

 「茨城トヨペットは、研修の一環としてメカニックも現地に派遣してくれているん
ですよ。カーディーラーのメカニックが、アメリカのレース最前線で腕をふるえる
チャンスなんて、普通はありえないじゃないですか。それだけに、社内ではメカニ
クのモチベーションを押し上げる要因になっているみたいですね。そうそう、シド
ニー五輪に出場したバドミントンの米倉加奈子選手もここの社員。今どきの日本企業
には珍しい、チャレンジする人を応援してくれる社長さんなんです」

 
●“勝てないな”と感じたら、クルマを降りるとき

 しかし、スポンサーとてボランティアではない。好成績を出しているときはいい
が、勝負の世界は時の運。努力したからといって、いつも思い通りの結果が出るわけ
じゃない。事実、アメリカで順調にキャリアを重ねてきた服部選手だが、CARTに
上がった99年は大失敗している。

 「まわりから“あのチームはやめた方がいいんじゃないか?”と助言されたのに、
“CARTに乗りたい”という一心でまわりが見えなくなってしまった。その前年に
日本人で初めてオーバルコースで2回勝っていたこともあり、天狗になっていた。
“どんなチームでもオレなら絶対にやれる!”と過信していたんです。いざレースに
出てみたら、何度もクラッシュして苦しんだ。コテンパンにやられましたね」

 心機一転してIRLで走ることになった昨年は、「もう1年だけチャンスをくださ
い。もし今年やってダメだったら、それがぼくの実力。これ以上スポンサードしても
らっても意味がないと思う」とスポンサーに話し、背水の陣を敷いた。幸い、今まで
以上に努力した昨年は後半戦に成績が上がったので、なんとか信用を取り戻すことが
できた。IRL参戦2年目となる今年は、その意味で重要な年である。

 「成績が悪かったときに、“今年はダメだったが、来年もう一度アイツに賭けてみ
よう”と思ってくれるかどうかは、その選手がどれだけレースのために情熱を注ぎ込
んでいるかにかかっていると思う。もし自分の中で“勝てないな”と感じたら、ぼく
の場合、もうクルマには乗れないでしょうね。スポンサーに自分のことを売り込める
のは、ちゃんとした体制をつくって走れれば勝てる自信があるからなんです」

 ちなみに、アメリカでレースを始めて今年で7年目になる服部選手だが、チームは
毎年変わっている。シーズンごとに、新しいマシン、新しいメカニックとなれば、そ
れだけですり減ってしまいそうに思うのだが、常に攻めの状態にいたいと彼は言う。

 「ぼくは基本的に人と会って話すのが好きなんです。スポンサーしてくれている企
業の社長はみなバリバリの経営者ですから、本当にいろんなことを経験している。そ
うした話を聞くと“そうか、こんなやり方もあるんだ”と勉強になるし、レースにも
すごく生きている。この仕事をやっていて唯一いいことがあるとしたら、たくさんの
人と出会えることだよね。あとは危ないだけで収入も大してよくないし、いいことな
いからね(笑)」

 
●気持ちのバランスをいかに保つか

 ところで、変化に富んだコースを疾駆するF1を見慣れた私にとって、オーバル
呼ばれる楕円形のコースをひたすら周回するアメリカの自動車レースは、テレビで見
ているとちょっと退屈に感じるのだが、レーサーとしてはどうなのだろうか。

 「退屈なのはテレビで見ているからです。実際にレース会場に行くと、F1よりも
面白い。F1は一度目の前を通過すると3分ぐらいは戻って来ませんが、オーバル
コースなら1周すべてを見ることができる。それに、今のF1はスタートしたらほと
んど抜き合うシーンがありませんが、オーバルなら最後尾スタートでも優勝のチャン
スがあるんです」

 抜き合いが多い分、レーサーにはかなりの運転技術が要求されるという。鈴鹿のよ
うなサーキットなら、スピンをしてもエスケープゾーンに救われたりクルッと回って
再スタートできるが、オーバルは0コンマ何度かハンドルを切り間違えただけでバー
ンと壁に叩きつけられる。その緊張に耐えつつ、サイド・バイ・サイド(タイヤとタ
イヤが接触するような状態)で2時間ほど走り続けるのだ。

 「レースを終えてクルマから降りたときは精神的にヘトヘトですが、レース中は
チャレンジしているという満足感がすごく味わえる。ただし、攻める気持ちが行き過
ぎると事故につながるので、気持ちのバランスをいかに保つかがポイント。勇気、冷
静さ、体力、忍耐力、先を読む力……。勝つには、そのすべての能力が必要になるん
です」

 レースの安全を祈りつつ、2001年に服部選手が見せてくれるであろうチャレン
ジ魂に期待したい。